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最高裁判所第三小法廷 昭和29年(あ)62号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人鳥海一男の上告趣意は後記のとおりである。

上告趣意第一、二点について。

改正刑訴法を如何なる時から如何なる事件について適用するかは経過法の立法に際して諸般の事情を勘案して決せらるべき問題で法律に一任されているものであり、従って経過法が新法施行前に或る訴訟段階にあった事件については新法施行後もなお旧法による旨を規定し新法を適用しないことにすることは何等憲法に違反するものではないこと当裁判所の判例の趣旨とするところである(昭和二三年(れ)一五七七号同二四年五月一八日、昭和二四年(れ)二三二号同二五年七月一九日各大法廷判決、昭和二六年(れ)五三号同二六年三月二九日第一小法廷判決参照)。だから、昭和二八年八月七日公布法律一七二号刑事訴訟法の一部を改正する法律の附則第六項は憲法一四条に違反するものではない。(昭和二八年八月七日法律一七二号刑訴法改正法律により、控訴裁判所は必要と認めるときは職権で第一審判決後の量刑に影響すべき情状について取調をすることができる〔刑訴三九三条二項〕こととなったが、同法律附則六項は、新法施行の際すでに控訴趣意書の差出期間を経過した事件の控訴裁判所における事実の取調については、新法施行後もなお旧法三九三条一項但書を適用する旨を定めた。これによれば新法施行の際現に控訴裁判所に係属している事件の中、すでに控訴趣意書差出期間を経過した段階にあるものについては、新法施行後も、第一審判決後の量刑に影響すべき情状については依然として一般的には取調べられ得ないこととなり、その結果、かような、右差出期間を経過した控訴事件の被告人一般は、未だ差出期間を経過しない控訴事件の被告人一般及び新法施行後新に控訴審に係属する事件の被告人一般よりも場合によっては不利益を受けることがあることは疑いない。けれども、新法施行の際すでに控訴趣意書差出期間を経過した控訴事件の被告人の地位というものは畢竟或る事件についての起訴及び控訴によって生じた訴訟法上の地位ないし法律関係に過ぎないので、かような地位にある者に対して新法による前記のような職権取調を受ける利益に浴せしめないことは憲法一四条にいわゆる社会的身分又はこれと同一視すべきものによる差別的取扱いをしたことにはならない。所論違憲の主張は前提を欠く。)

次に、論旨は、右改正法律によって、控訴裁判所は第一審判決後の量刑に影響すべき情状につき取調をすることができることとなったのに、同附則六項が新法施行の際すでに控訴趣意書差出期間を経過した事件については新法施行後も第一審判決後の量刑情状について取調を受けることができない旨を定めたのは、この取調を受ける利益、即ち裁判を受ける被告人の権利を奪ったものであって、憲法三二条に違反すると主張する。けれども刑訴三九三条二項は裁判所が必要と認めるときは職権で取調をすることができる旨を定めたもので被告人に取調を受ける権利を認めたものではない。そして憲法三二条の趣旨はすべて国民は憲法又は法律に定められた裁判所においてのみ裁判を受ける権利を有し、裁判所以外の機関によって裁判をされることはないことを保障したものであること当裁判所の判例(昭和二三年(れ)五一二号同二四年三月二三日大法廷判決)とするところである。従って被告人が裁判所法に定められた原審控訴裁判所において裁判を受けるに当り事件が前示のような訴訟段階にあるため、右附則六項により、改正法による裁判所の職権取調を受けられなくなるとしても、同裁判所の裁判そのものは少しも拒まれていないのであるから右附則第六項は憲法三二条に違反しないこというまでもない。

本件が原審に係属中、右刑訴法改正法律が施行せられた際は、すでに控訴趣意書差出期間を経過していて第一審判決後被告人が被害者の妻に金一万円を支払ったというような弁護人の控訴趣意書第三点に主張した情状については特に職権で取調べられなかったことは論旨主張の通りで記録上明らかであるが、この点について職権取調をしなかったことが右附則六項に従ったためであるにせよ、同附則六項は憲法に違反しないこと前に述べた通りであるから原判決には所論のような違憲のかどはない。論旨は理由がない。

また記録を調べても刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって同法四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

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